グルテン分解乳酸菌で変わるパン作り ― TOLO PAN TOKYOが挑む新たな可能性

目次
池尻大橋で16年にわたり愛され続けるTOLO PAN TOKYO。量産しながらも一つひとつ丁寧に作り上げるこだわりのパン作りで知られる同店が、グルテン分解乳酸菌「ディグルラクト」(以下、グルテン分解乳酸菌と略称)を使った新しいパン作りに挑戦した。製造を担当する田中 真司シェフと、経営を担う野中陽介社長に話を聞いた。
TOLO PAN TOKYOのこだわり

「前社長と、カフェをやっていた仲間と一緒に、18歳の頃から始めたのがきっかけです」と創業の経緯を語る田中シェフ。次の7月で創業17年目を迎える。
「量産型でありながら一個ずつ作るというこだわりが、他のパン屋さんとの違いかもしれません」
8年前に設立されたファクトリーの設計も田中シェフが手がけた。野中社長は7年前に入社し、完全に役割分担することで、田中シェフは製造に、野中社長は経営に専念できる体制を築いた。
経営に入っていないからこそ、新商品開発や新しい取り組みに集中できる、TOLO PAN TOKYOのシェフとしての制作に打ち込める魅力を語った。
グルテン分解乳酸菌を導入しようと思ったキッカケ

グルテン分解乳酸菌を取り入れようと思ったキッカケを教えてください。
野中社長: 材料として高いのかなというのが最初の印象でした。でも、健康志向の方が増えているので、入れて美味しくなったり商品の価値が上がるなら試してみたいと思いました。
日本のパン屋がまだ取り組んでいないというのも、田中シェフも好きそうだなと感じ、チャレンジする価値があると感じました。
グルテン分解乳酸菌配合のパンづくりでの発見

TOLO PAN TOKYO シェフ 田中 真司シェフ
実際に生地にグルテン分解乳酸菌を配合してみてどうでしたか?
田中シェフ: 最初はパンフレットの通りの配合でそのまま試したんです。配合を調整しないととダメかと思ってましたが、全然調整しなくて良かった。味もほとんど変わらないのが一番良かったです。
基本的に1〜2%程度の添加で、既存のレシピを変更せずに使用できることが分かった。
何も変えずにというのがポイントだったと思います。
今までの製造過程の中でスムーズに取り入れられましたか?
田中シェフ: パンの種類によって添加のタイミングは調整が必要だった。
湯種を使うものは、35度になった時に一番反応しやすい温度帯なので、そのタイミングで溶いて入れる。添加量が多すぎるとベタベタになって繋がらないので、そこは勉強になりました。
「湯ゲル」という方法を採用されたそうですが、これはどういう理由からですか?
田中シェフ: うちはほとんどこれを使わないんですけど、そういう時に効果が出やすいのかなと思って試してみました。湯種を使うと、吸水を上げたい時に入りやすいからです。吸水を上げた時に繋がらないものも繋げやすくなる。仕込み時間も短くできるメリットがあります。
通常なら後から水を足す方法もあるが、時間がかかる。湯種法なら効率的に作業できる。
「湯ゲル」以外の選択肢はあるんですか?
田中シェフ: 最初に水を減らしておいて後で足すという方法もあります。ただ、ミキサーをローで回している時に水が入っていかないので、ゆっくりスリップして、さらにプラス15分くらいかかってしまう。湯ゲルの方がガッと入るので、その方がやりやすいですね。仕込み時間も完全に短くなります。
グルテン分解乳酸菌が起こした
旨味の底上げと保存性の向上

グルテン分解乳酸菌を添加したものと
未添加のものを試食してみて、
どんな違いがありましたか?
田中シェフ: まず、歯切れの良さが向上しましたね。それから香りが高くなって、甘さが強くなったという印象です。甘みが増しているので、自分たちのサワー種を入れたものとのバランスが特に良くなりました。軽くなるというより、旨味が強くなっている感じです。

5種のパンを試食するTOLO PAN TOKYOスタッフ(左2名)、田中シェフ(真ん中)、株式会社 Eight Will 代表 田中
保存性についてはどうでしたか?
田中シェフ: これは予想外の効果でした。食パンで3日目に食べた時も、割としっとりしていたんです。通常この配合だとパサつきが出るのですが、劣化が遅かったですね。乳酸菌には雑菌繁殖の防止効果もあるので、日持ちの面でもメリットがあります。
トーストしなくても生食でそのまま美味しい状態というのは珍しいかもしれません。お客様が買って帰って、2日目、3日目でもトーストせずに美味しく食べられるのは大きいですね。
グルテン分解乳酸菌×5種類のパン試作で
「甘味・歯切れ・香り」のうれしい変化

ベーグル、ドーナツ、クロワッサン、食パン、カンパーニュの5種をTOLO PAN TOKYOが試作
TOLO PAN TOKYOによる今回の試作は、
ベーグル、ドーナツ、クロワッサン、
食パン、カンパーニュの5種類。
パンづくりの工程、食感や味の変化など、
どのような結果を各種に感じられたのか?
1. ベーグル

TOLO PAN TOKYO 田中シェフ作 ベーグル
今回、5種類のパンでテストされたそうですね。まずベーグルから教えてください。
田中シェフ: ベーグルはイタリア系の千葉の今村製粉の全粒粉と自家製のサワー種を組み合わせて、ニッシンの「アミュリア」という食物繊維入りの粉も使用しています。グルテン分解乳酸菌に含まれるラク酸が食物繊維の分解に効果があるので、より良い効果が出ると考えて組み合わせました。
歯切れが良くなって、香りも高まりましたね。色合いが黒く出るんですが、焦げ臭さはなくて旨味が強いんです。アミノ酸分解の効果が感じられました。
2. ドーナツ

ドーナツではどうでしたか?
田中シェフ: 最初のテストで失敗したんですが、それが重要な発見につながりました。ドーナツは吸水もイースト量も多い配合なんです。それで最初、ディグルラクトを10%配合して、仕込みの最初から入れてみたんですが、生地が全然繋がらなくて、ボリュームも出ませんでした。
それで、やり方を変えてみたんです。生地をしっかり繋いでから、ミキサーの最後の2分でディグルラクトを入れる「後入れ方式」にしました。そうしたら、しっかり上がってきたんですよ。窯伸びの仕方も全然違いました。
甘みが増して、歯切れが良くなりました。口どけも良くて、膨らみもしっかり出ています。
この失敗から学んだ「後入れ方式」が、食パンでも効果的だということが分かったんです。
3. クロワッサン

TOLO PAN TOKYO 田中シェフ作 クロワッサン
クロワッサンはいかがでしたか?
田中シェフ: 甘さが出ているのが一番の特徴でした。配合的にはそこまでじゃないはずなのに、スタッフ全員が「うまい」と言って。軽く上がってきているんです。
グルテン分解乳酸菌を配合することで独特の層の出方をするんですよ。軽く上がって、持ち上がりも良くて、しっとり感がある。面白い食感が生まれるんです。層の出方が乳酸菌を入れたものと入れていないもので違うんです。パン職人なら誰でも分かる違いですね。
4. 食パン

TOLO PAN TOKYO 田中シェフ作 食パン
食パンはどうでしたか?
田中シェフ: 最初は湯ゲルで35度で添加していたんですが、後入れ方式に変更したらより効果が出ました。10%を湯ゲルに入れた時は全然持ち上がらなかったんです。同じ型の取り方をして同じ高さまで来ているのに、持ち上がらない。その段階でグルテンが切れちゃってるのかなと思いました。 でも10%でも後入れなら普通に浮きました。1.5%ならどちらでも大丈夫で、そんなに気を使わなくていいんです。
見た目はほとんど変わらず、味は甘みが増しています。それと歯切れと香りの部分が一番大きいですね。焼き色が強く出るので、少し白っぽく焼く必要がありますが。
驚いた点は、食パンは砂糖の量が減れば減るほど劣化が早く、通常はこの配合だと通常はパサつきが結構出るんですよ。でも3日目で食べた時も割にしっとりしていて、配合の割に劣化が遅いというのが出ています。それは全然違いますね。
5. カンパーニュ | 最大の発見:熟成期間の短縮

TOLO PAN TOKYO 田中シェフ作 カンパーニュ
「5品作った中で一番面白かったです」と田中シェフが語るカンパーニュ。
カンパーニュはどうでしたか?
田中シェフ: 成形している段階ではへたっていて、型に入れて焼く時点では広がってしまうんですよ。焼いた時もペッタンコになるはずなんです。でも、ペッタンコのところからグッと上がってくるんです。 発酵をとっている時から、これベチャベチャだったのにあまり沈んでいないというか、この段階でちょっと繋がっている感じがあるんですよ。さっきまで成形している時に扱いにくかった状態から、焼く前になったらしっかりしだしている。普通のパンとは違うところですね。
カンパーニュはイースト量が少ないので、37℃で発酵させています。トロパンでは32℃や20℃台なんですが、ちょっと高めに設定しているんです。その温度が乳酸菌にもいい温度帯なのかなと思いました。結構長く37℃で引っ張ってから20℃台まで落としていくんですが、その温度帯の長さが結構キーになっているのかなと思います。
気泡の入り方も珍しくて、もっと荒れてスカスカになると思ったんですよ。でもスポンジ状に綺麗な気泡がいっぱい細かく入っていて、歯切れがすごく良くなっていました。職人が見たら一番面白がる商品だと思います。
仕上がりも抜群に熟成された香りになっています。
通常6日かかる熟成が1日に短縮の発見

カンパーニュ試作では熟成期間が通常6日→1日に短縮
通常6日かかる熟成が、1日でほぼ同じ色と香りになったんです。
これはどこのパン屋さんでもやりたがるくらい面白かったですね。
熟成期間が短縮されると、場所も取らないし、時短になるというのが一番大きいです。パン屋にとって熟成場所の確保は常に苦しいところなので。
熟成をとると美味しくはなるんですけど、どうしても平たくなるので商品価値が下がる。それが理由で途中で止めるんです。でも、グルテン分解乳酸菌を配合することで高さが出て、中身も多い。タルティーヌ(オープンサンド)にも最適です。
コスト面での可能性
グルテン分解乳酸菌を使うことで、コスト面でのメリットはありますか?
田中シェフ: 甘さが立つということは、砂糖量を少し減らせる可能性があります。砂糖量が減れば浮き方も変わるので、メリットは大きいですね。
野中社長: 脂質や糖質を気にする健康志向の顧客にとっても、こうした情報は重要だと思います。
田中シェフ: ラク酸が食物繊維を分解するという話も、求める方には興味深い情報だと思いますよ。
保管・管理について
原料の保管や管理で気をつけることはありますか?
田中シェフ: 冷蔵保存が必要ですが、1キロならタッパで入る程度です。クロワッサンを作る場所の温度は低めなので、そういうところで保管すれば楽だと思います。ディグルラクトは30〜35度以下で大丈夫なので、夏場以外は特に問題ないですね。
お客様への訴求の構想

お客様にはどのように伝えていく予定ですか?
田中シェフ: インスタと口頭が一番効果的だと思います。
ポップにはどう書きたいですか?
田中シェフ: 『グルテン量が減った』というのが一番書きたいですね。パン屋ならどこもそれを書きたがると思います。あとは「グルテン分解乳酸菌配合」という表記や、栄養価の特徴的なところも書きますけど、それ以外にも口頭で説明していきたいですね。
試食してみて、何か気づいたことはありますか?
田中シェフ: 知っている分、気軽にたくさん食べても、グルテンが半分しか含まれていないと考えると安心感があります。たくさん食べたけど、2個分しか食べてないのと一緒みたいな、そういう気軽さがありますね。
野中社長: 展示会で試していただいたパン屋さんからは、ちょびちょび1週間食べていると便通がめちゃくちゃ良くなったという声もたくさん聞きました。
次なる試作構想・今後の展望

ディグルラクトを使って今後チャレンジしたいパンはありますか?
田中シェフ: ブリオッシュが一番やりたいですね。ブリオッシュは卵とバターが多く入るリッチなパンなんですが、うちは卵を抜いてバターだけでやっているので、より乳化しづらいんです。水が弾くんですよ。それに対してディグルラクトを入れたら、多分すぐ混ざりやすいんじゃないかなと。乳化剤的な効果が発揮されると期待しています。
他にはどんなパンで試したいですか?
田中シェフ: オリーブオイルを使った「東山」という豆腐と豆乳の食パンがあるんですが、その食パンで試してみたいです。オレイン酸と乳酸菌の相性が良い可能性もあるので。
あと、ドライフルーツを入れたものも今回試していないので試してみたいですね。シュトーレンとかでも使えるなら使ってみたいです。ただ、副材料が多いと効果が分かりづらいので、まずは普通の食パンやシンプルなもので試して、効果を確かめたいと思います。
さらに掘り下げて研究したいことは?
田中シェフ: 砂糖をゼロにできるか実験したいです。砂糖を使わずに同じくらいの甘さが引き出せて、それで劣化もしなければ一番いいんです。そうすれば、この乳酸菌は劣化を防ぐということが分かりやすくなりますしね。それが一番やりたいことですね。
ハード系にももっと掘り下げてやりたいですし、1.5%の配合にこだわりながら、別のやり方がないか探っていきたいです。こうやっていろんなパターンを作ってきただけで、すごくやりたいことが増えましたね。
グルテン分解乳酸菌で
次世代のパンづくり革命へ

グルテン分解乳酸菌入りクロワッサン|TOLO PAN TOKYO 田中シェフ作
池尻大橋で16年、「量産型でありながら一個ずつ作る」というこだわりを貫いてきたTOLO PAN TOKYO。田中シェフと野中社長は、グルテン分解乳酸菌という新しい可能性に挑戦し、予想を超える発見を手にした。
既存のレシピを変えることなく、1〜2%の添加だけで、味・食感・保存性が向上する――
これは職人にとって理想的な原料だ。歯切れの良さ、香りの高まり、甘みと旨味の増幅。
そして何より、食パンにおいて感じられた3日目でもしっとりとした食感を保つ保存性の向上は、お客様にとっても大きなメリットとなる。
ベーグルでは食物繊維との相乗効果、ドーナツでは後入れ方式の発見、クロワッサンでは甘さを感じ、軽やかな割れ方とおもしろい食感。
今回の試作により、グルテン分解乳酸菌とパンとのメリットの多さが発見された。
そして最大の発見は、カンパーニュでの熟成期間の劇的な短縮だ。
通常6日かかる熟成が1日で同等の色と香りを実現。
場所も取らず、時短にもなる上、高さや中身のクオリティ向上にもうれしい驚きがあった。「職人が見たら一番面白がる商品」と田中シェフが語るこの発見は、パン業界全体にとっても大きなインパクトを持つだろう。
「こうやっていろんなパターンを作ってきただけで、すごくやりたいことが増えましたね」
と語る田中シェフ。
グルテン分解乳酸菌を使い、ブリオッシュ、オリーブオイルを使った食パンや砂糖をゼロにする次なる挑戦。田中シェフの目は、次の実験への期待で輝いていた。
16年積み重ねてきたこだわりを守りながら、グルテン分解乳酸菌という新しい武器を手に、TOLO PAN TOKYOの挑戦は続いていく。